失伝を科学する


空手の稽古に復活してから、無門会の富樫会長の動きをどう再現するのか? ということを考えてきました。

これは伝承の作業とも言えます。

昨日録画した、THE REVELATION OF THE PYRAMIDS(ピラミッド5000年の嘘)という映画を見ました。

考古学においては、古代建築物はどう使われたのかことを主眼として話されるようです。

驚くべき製法であり

これは現代でもすげえ大変だ、みたいな構造物、遺跡等が出てきます。

そういった場合、その製法についての議論はそれほど

盛んではないという面があるようです。そしてそれはオカルト的な宇宙人がつくった、超パワーでどうのとかわけのわからない話になります。

現代技術の構築は、過去の技術が積み上げられてできたものであるから、昔のものなんてすぐ作れると考える方は多いです。

この映画自体は最後はわけのわからん結論になっておりどう復元するのは失伝したのをどうするのかという話にはなっていません。(現実として再度発明したこともあるのでしょう)

武術/空手に関しての身体の動かし方を考えたり、別件で1940年以前のアンティークのアクセサリで再現不能なものだらけだ。

という話を聞いたりして、思うことがあります。

技術とは失伝するということです。

その失伝とはなにか出来事があって(後継者が確保できなくて)失伝するだけではなくて、伝承する作業においても

失伝していくということです。失伝とはどう失伝して、残るのはどう残るのかというこを考え、そして失伝したものを

復元したり、推測することはいろいろな事象に置いて非常に役に立つのではないかと思ってます。(再現することよりもその手法等に関してです)

話を武術に関することに戻します。古武術のようなもので伝承され続けてるものがたくさんあります。過去において大天才がいて、その後継承されてきたものは多くが失伝していると思います。

では残ってるものは何なのか? ということでこれは単純に伝承しやすいものが残ります。

身体の動きにおいては、そういった天才でも大きな癖があることが多くあります、身長だったり体重だったりということもあります。

自分の身体で技術をつくるので当然それに依存します。そういった個人に依存するものはだいたい失伝して消えます。そういったものが現代に残っていることが多いです。(だから伝承されたものは真だということはまったくありません)

元は身体に依存して、作られた体系が伝承することで失われます。しかし、だいたいがそのくせすら精妙に組み込まれていたからこそ意味がある体系が多いのです、それをただ切り出して伝承してもだいたいは変質してしまいます。

縮小継承

復元を行う場合にはその伝承の履歴を辿りいつ何が消えたのかを考えることが非常に有効な手立てにはなりますが、だいたいは

そういった資料がありません。

伝承が難しいという点では癖以外にもう一つあります。人の機能を極限まで使ったものです、これは身体自身を整える作業が非常に難しい場合です。これは伝承された人間がほぼ完全に近い形でできないと原型がかなり崩れてしまいます。伝承のための依存する技術の継承を見落としていたり(これは伝承する側もされる側も見落としがあります。)することでも、発生します。

見落とし

ですが再現不能ではありません。(どうにもならない身体的問題ではないからです。)無門会空手ではこちらにあたります。

よく無門会空手の話題で、やり投げのヤン・ゼレズニーの話題がでます。彼の投擲技術は極限すぎて、その後の世代の選手には

継承されていません。野球のピッチングの沢村栄治から続く金田正一までの流れもほぼ失伝してしまいってる現状です。

再現をするには、失伝する要素が何なのかを探る必要があります。

失伝することは狭義的な理論とそれを全肯定することで失われることが多いです。これは前提となる技術の勘違い、派生技術を本流との勘違い色々あります。

無駄

日本人の気質としてこの例は多いと思われます。

失伝する要因と、それを防ぐこと、またその技術を習得することを上手く分析することが先につながると思います。

ではうまく伝承する/復元にはどうすのでしょう?

ピラミッドの製法に関してでもそういう試みはされます。しかし年数を経て取得した技術の集合で行ったものであり、

そういう職人もいない中でそれを再現することには無理があります。失伝された技術を復元する場合に

そういった無理がある方法で復元する気配さえあれば、これでOkとばかりに終わりにしてしまうことが多々あります。

しかし本当に難しいのは取得に年数のかかる職人による技巧です。そして伝承するのが難しいのはそこの

微細なものです。それなしで軽い見通しができた時点でできたと考えるのは危険でしょう。

いま富樫会長ができているが、我々に出来ない動きそれは富樫会長自身の身体の構築の歴史、会の歴史に色々

隠されていると感じます。それは、稽古体系の変化であり、過程で何が起きたかということです。

それをなになにを何回やりました、そしてそれを俺もやろうでは解けません。

富樫会長の稽古の変化に隠されているもので(それ自体が冨樫会長の動きの変化かと考えます)

探していくことにヒントがあると思います。

そういう意味では富樫会長はたくさんの映像を残しており、それを分析可能な形になっています。失伝する要因を探すこと

それが我々が無門会空手の技術を身につけ知ることに繋がっていくことになるのではないかと思います。

また年数を経て部位技術の職人と化すことと、その職人と化す工程とその要因を見つけてうまく伝えること

が大事なのではないかと思います。

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コメント1件

  1. 絵を追加して。加筆修正しました。

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